ジンです。
以前書いた紹介記事、思った以上にたくさんの人に読んでもらえたみたいで。
ありがたいことに「また書いてほしい」という声もいくつかもらっていたので、第二弾を書いてみようかなと。
第二弾は、僕がバーチャファイターを続けてきた中で誰よりも影響を受けた「ちび太」について。
僕にとって特別な存在なのはもちろん、バーチャファイターというゲームにとっても、プレイヤーにとっても、本当に大きな影響を与えてきた『バーチャ神』ちび太。
これまで長くバーチャを楽しめてきたのはちび太がいてくれたから。たくさんの友人ができたことも、僕が多少なり結果を残すことができたのも、ちび太のおかげ。
今回はそんなちび太との思い出についてつらつらと。
それでは、本文。
初めて見た”ちび太”
ちび太を初めて見たのは、2001年のVF4時代、僕がバーチャを始めたばかりの頃。当時猛者が集まっていた新宿東口スポーツランド、通称「カニスポ」(向かいにカニ道楽があった)でのことだった。
「強くなりたいなら、カニスポに行ってみろ」
誰かにそう言われた僕は、何かのついでに初めてのカニスポへ。夕方ぐらいの割と早い時間だった気がするけれど、人は結構いた。
その中で、奥の筐体に見たこともない段位、コスチュームで動き回り、連勝を重ねるリオンがいた。ニコニコしながらプレイする若い兄ちゃん。それがちび太だった。ちび太のリオンは銀髪に黒のコスチューム、段位は「覇王」、勝率は92%。当時はアイテム数も少なく、見た目が大きく変わるアイテムは珍しかった。カラーも特定の段位まで到達しないと選べない。なんなら強くないと獲得できないアイテムなんてものもあったのだけど、ちび太のリオンはしっかりフルカスタム。
そんな感じで見たこともないリオンに衝撃を受けたのは今も鮮明に覚えている。対戦する勇気は出ず、ちらちらっと見るだけでその日は帰った。
ちび太本人はジャージのセットアップだったような。思えば当時の有名プレイヤーはジャージ率高かったなあ。あれ流行ってたのかな。
その後カニスポに通ううち、”対戦してみる”ことはあったのだけど、当時のちび太は、ちょっと怖かった。強すぎて仲間内以外で負けることがほとんどないせいか、負けると”怒っている”のをちらほら見かけたのだ。特に、当時の新宿勢には最速フレームで撃ち合う、とかの「暗黙のルール」みたいなものがあって、そこから外れたことをされて負けたりすると、特に不機嫌になっていた気がする。自分のプレイに自信のなかった僕は、勝ってしまったりすると「やばい、こんなんで勝ってしまった。不快にさせたかも」なんて、今思えば本当にいらん心配をしていた。
余談だけど、ちび太は元々「ちびっ子アキラ」という名前だったらしい。VF2時代、小学生低学年でアキラを使い、めちゃめちゃ強かったんだとか。当然僕はその頃を知らない。僕自身小学生以下だったし、その頃はバーチャファイターについては「聞いたことがある」程度だった。まさかこんな大会文化があって、自分がこんなにのめり込むことになるとは。
サブカードでの洗礼
次の記憶は、地元ゲーセンでの夜ゲー(閉店後のゲームセンターで遊ぶこと)。当時は個人経営のゲームセンターも多かったので、こういうことができるゲーセンが結構あって、有名プレイヤーが管理していたそのゲーセンの近くに住んでいた僕は、たまに誘ってもらえることがあった。
始めたばかりの僕と、全国レベルのトッププレイヤーが集まっていたその環境ではレベルが違いすぎるので、基本的には朝までただただ観ているだけだったのだけど、ある日、ちび太のサブカード(当時は完全に同段位でないと段位戦が成立しない&ちび太は強すぎてすぐ最高段位に到達してしまう為、暇だったようで2枚目の段位戦用カードを持っていた)と、僕が必死の思いで辿り着いた段位が、同じであることが発覚。
スマーフである。
今だったら非難轟々なんだけど、当時のちび太だったらしょうがない、かも。当時はカードシステム自体が導入されたばかりで、特に『同段位戦』は画期的で本当に楽しかった。その楽しい仕組みが、強すぎてすぐカンストしてしまうんだもの。別に無差別に初心者狩りなどをしていたわけではなく、あくまで身内相手用に持っていた感じだったと思う。(それは良いけど俺に使わないでくれ)
せ、せっかく辿り着いた段位が。
逆に何かの間違いで勝ってしまったら、どうなるかわからない。(勝てるわけない)
いろんな意味で本当にやりたくなかったけれど、やる羽目になって、しっかり落とされた。
あの時は本人も周りも怖かった…。
そこからしばらく、直接的な関わりはなかった気がする。
僕はただの1プレイヤーとして、最強プレイヤー「ちび太」を遠巻きに見ているだけだった。
一本の電話
ある日、知らない番号から電話がかかってきた。出てみるとちび太からで、内容は「毎月対戦イベントで遊びに行っているゲームセンターに一緒に行かないか」というもの。聞くと毎回誰かしらのゲストプレイヤーを連れて遊びに行っているらしく、今回は僕に声をかけてくれたようだった。
行った先は千葉の、たぶんチャリオットだったような。千葉の有名プレイヤー「いいとも」が来てくれていて、初めて対戦したのもこの時だったんじゃないかな。「毒ガス王子」や「看守」はその時は対戦できなかった気がする。
この時、行きも帰りもちび太はたくさん話をしてくれて「ああよかった嫌われたりしてなかったんだ」と一安心。それでも、一緒に大会に出たり、最高段位を競い合うような仲ではなかった。
西スポに通う日々
急速に仲良くなったのは、ちび太がうちの近くに引っ越してきてから。
近くに住んでいるとわかってから、ちび太は毎日のように17時頃になるとうちに迎えに来てくれて、一緒に新宿西口スポーツランド(通称西スポ)に通うようになった。基本的にちび太と対戦することはあまりなかったのだけど、ちび太のプレイを眺めたり、自分のプレイを見てもらっているうちに、いろんなことを教えてもらえた。西スポには常に対戦相手がたくさんいたから、教わってすぐに試して、身につくまで同じキャラの対戦相手を探して、反復。すぐできなくても、次の日、次の週にできればいい。課題はある日突然できるようになることが多かった。閉店までプレイしたあとはちび太の家に帰り、あーだこーだと話して、帰宅する。そんなルーティーンができていた。
よく思い起こすことだけど、ちび太の考え方や発想に影響を受けることが多くて、あの時期が僕のバーチャファイターが最も伸びた時期だったと思う。プレイの質が変わって、褒めてもらえることも多くなった。大会で活躍することも増えていった。
影響を受けた中で一番大きいのは、なんていうか、美学みたいな部分。効率論とかスペック論とか、そういうのじゃなくて、「他の人が知らないことをやる」「自分しかできないことをやる」「これができたらかっこいい」みたいな。ちび太は本当に独創的なプレイが際立っていて、自分もそのように言ってもらえる度、凄く嬉しい。
ちび太のおかげで広がった人間関係

ちび太のおかげで知り合えた人も本当にたくさんいる。プレイヤーはもちろん、プレイヤー以外の人達も。
組手やイベントで地方のゲーセンの人たちと知り合ったり、セガの人たちとのつながりができたり。セガ公式大会の実況を担当していた「セクシー齋藤」さんとも、いろんなイベントを通じて仲良くなった。不思議なことに、齋藤さんの実況の時は調子が良かった。初めて、東京の大きめの大会で優勝した時、齋藤さんの実況で、全国大会で優勝した時も齋藤さんが実況してくれていた。
古参のプレイヤーと知り合うきっかけもたくさんくれた。関西の名門ゲーセン「山王会」の先輩達とかね。かっこいいお兄ちゃん達だった。亡くなっちゃった人もいるけど、みんな僕のことも凄く良くしてくれて、本当に良い思い出がたくさん。
新潟のゲーセン「新潟POPY」の具志堅さん、鶴巻さんには本当に可愛がってもらった。大好きな兄ちゃん達だった。POPYでやる”カップ戦”はいつも楽しみにしていたし、新潟勢のBBQに呼んでもらったのも良い思い出。海に浮かびながら見た花火は今でも記憶に残ってる。長いこと会ってないけど、元気かな。
あとは2D格闘ゲームのレジェンド『ヌキ』。今はパチンコ系Youtuberのオオヌキさん。VF4後期は『ときど』なんかも連れてバーチャの世界に入ってきて、最強クラスになるまでのめり込んでくれていた。ちび太とも仲が良くて、ちび太と一緒にいることの多かった僕とも、仲良くしてくれて。ちび太とヌキくんに誘ってもらって出場した『闘劇2005』は、活躍できなかったことがいまだに悔しい。
ヌキくんはもうバーチャはやってないのだけど、あの時のことを凄く楽しかったとよく言ってくれていて、今でもたまに会うし、いつ会っても良くしてくれる。
本当にいろんな意味で、ちび太のおかげで今の僕がいるんだ、と心から思う。
プレイヤー「ちび太」について
ここからは、ちび太というプレイヤーについて、少し客観的に書いてみようと思う。
「バーチャファイターをするために生まれてきた」人。「バーチャファイターをするために生きている」とも言えるかもしれない。間違いなく「天才」だと思うんだけど、天才という言葉で片付けるのはもったいない気もする。この人しかない視点、この人しか知らない知識が今もたくさんある。
プレイスタイルも独特。『ファンタジスタ』と表現する人もいますね。3D格闘ゲームだからこそ活きる発想力とセンス。リングネームやカードシステムがなくとも「プレイを見るだけで誰だかわかる」、そのぐらい特徴的。VF3の頃の動画を観ても「やっぱりこの人は違う」と思わせてくれる。
そしてこの人は本当に楽しそうにプレイする。どのシリーズをプレイしていても、システムやキャラクターに文句を言っているのを聞いたことがない。誰でも、何かしら自分の気に食わないものには否定的になりがちだと思うんだけど、ちび太はバーチャであればそれで構わないらしい。
最近はあんまり負けて怒っているところも見なくなってしまった。誰と対戦していても、良い勝負をして、楽しそう。でも僕個人の本音としてはちょっと寂しい。(負けないでほしい)
ただの「天才」なんかじゃなく、トレモ(トレーニングモード)を1週間やり続けられるような人でもある。次から次へとアイディアが浮かぶんだろうな。もうリリースから20年以上経つ「バーチャファイター5」において、ちび太しか知らないことはまだたくさんあると思う。
今では「プロゲーマー」という単語も普通になったけど、当時ゲームだけでちゃんとした給料をもらっていたのはこの人ぐらいだったんじゃないかな。いろんなゲームセンターでのゲストや組手イベントとかね。当時セガなりスポンサーなりがちび太を厚遇できていれば、また違った今もあったかもしれない。
最後に
ちび太は、優しい。
僕だけじゃなくて、バーチャファイター全員に優しい。人懐っこくて、いろんな人に可愛がられる、そんな人。話したことがある人だったらわかるんじゃないかな。
強いのはもちろんだし、自信もプライドもあると思うけど、鼻にかけてる様子なんてないし、誰に対しても無下に扱うなんてことはなかった。ヌキくんもそうなんだよなあ、やっぱり小さい時からの天然のスターは違う。
そんな人が、僕がバーチャにハマってから、ずっと仲良くしてくれている。僕が就職してバーチャから離れているときもたまに電話をくれたり、配信に遊びにきてくれたり、僕がバーチャにハマっている時期とわかると、いろんなアイディアをくれたり。
僕自身あまり求心力というか『人を惹きつける魅力』みたいなものがない人間だと思っているんだけど、なんでかちび太は本当に僕に良くしてくれた。僕が勝っていれば喜んでくれるし、ずっと味方でいてくれている。
ちび太が全国大会で優勝したときは、嬉しすぎて泣いてしまった。逆に、僕が何かで勝ったとき、スタープレイヤーになれたときなんかも、自分のことのように喜んでくれた。僕にとってちび太は、プレイヤーとして以上に、兄のように「特別な存在」になっていた。
僕はバーチャファイターを続けてきて、本当にいろんな人にお世話になってきたけれど、最も影響を受けた人はと聞かれたら、やっぱりちび太の名前を挙げる。
ちび太にはこれからも『バーチャ神』として、そして今はもう地域なんかないけど、『新宿』の象徴として、かっこいいプレイヤーであり続けてほしい。僕もちび太をがっかりさせない程度の強さを保ちつつ、一緒に楽しんでいけるといいな。
一つ一つの大会を振り返っていったらこんなもんじゃないんだけど、今回はこの辺にしておきます。
ではでは。


コメント